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「金魚ねぷた」の由来

金魚ねぷた 「金魚ねぷた」は組ねぷたの源であると言われています。ねぷた同様、昔は骨組を竹で作っていましたが、現在は針金で作られたものが主流となっています。昔から「幸福をもたらす金魚」として庶民に喜ばれてきた「津軽錦」と呼ばれる金魚を模ったものです。赤い色と愛嬌のある顔が可愛らしく、津軽一円の民芸品として親しまれています。

幻の金魚「津軽錦」

中国大陸から日本各地に渡来した金魚は津軽藩でも飼育され、藩財政の一助にするための産業として藩の保護のもとに飼育改良が重ねられました。その後「地金魚」と呼ばれていましたが、昭和2年に弘前金魚協会によって「津軽錦」と命名されました。

しかし、昭和20年7月の大空襲で青森市の佐藤伝蔵氏等で保存されていた親魚が死んで、この品種は絶滅しました。戦後、青森市の三輪氏や弘前市の弘前水族館の故 一戸忠蔵氏の情熱と努力により品種復活が進み数十年の選別淘汰により、ようやく昔の形に近づき固定されました。

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